イギリスやドイツでは馬はごく身近な存在。
乗馬は日本でいうなら子どもがサッカーやスイミングを習うのと同じ感覚で、とてもポピュラーな習い事です。
ですから、馬は子どもたちにとってよいものという認識が当たり前で、馬の力がいろいろな施設で応用されています。
例えば、ドイツでは軽犯罪を犯したり、親から虐待を受けた子どもが入る青少年支援センターのプログラムの一つに乗馬や馬とのふれあいがありますし、イギリスには自閉症、摂食障害、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、知的障害など、さまざまなハンディを持った生徒のための高等教育機関があり、乗馬や馬の世話を通して実生活に必要なことを学んでいます。
ハンディを持った子やLDの子、不登校の子など、一回の乗馬で劇的に変わるわけではありませんが、長く馬と関わることで失っていた自信を取り戻したり、自分の目標を見つけるきっかけを掴んでいます。
以前うちに来ていた、当時中学生の競馬ゲーム好き少年は、その当時不登校でしたが、お母さんに連れて来られて以来本物の馬の魅力にハマり、やがて自分一人で通ってくるようになりました。
乗る技術もどんどん上手になり、将来は競馬関係の仕事に就きたいという具体的な目標ができたことで、高校目指して再び学校に通い始め、現在は念願のJRA 厩務員として働いています。
自分の目標を見つけることがその子の人生を大きく左右すること、大人はそのきっかけを作り、あとはその子が必用とした時に手を差し伸べてやればいいのだということを身をもって教えてくれました。
新たな旅立ちの前に久しぶりにあいさつに来てくれましたが、身も心も成長した姿は頼もしく、これからの活躍がますます楽しみです。
また、小学4年生の男の子で、駈歩(かけあし)までどうにか乗れるようになったころ急にやる気が失せてしまったのか、せっかく来ても車から降りて来なかったり、怖くて手入れも人任せだったりと、なかなか前に進めないでいる子がいました。
乗ったり乗らなかったりをくり返しながら、それでも3年経つ頃には一人で準備や手入れなども行い、駈歩も自信をもってできるようになりました。
今では障害飛越競技の大会で入賞するほど上達し、新しく入ってきた子に色々と教えてくれるよき先輩役です。
乗りたくないと言い出した子に、この子には無理だと早々にあきらめてしまったり、「じゃあ、もうやめなさい」と言うのは簡単だと思いますが、あの時もしやめてしまっていたら、今のこの見違えるような姿は見られなかったでしょう。
費用もかかる中で、それでも忍耐強く待ってあげた親御さんの懐の大きさには頭が下がります。
言葉のない馬とのかかわりが子どもの主体性を確立し、難しいことにもチャレンジする勇気を与えてくれること、また、そこに行きつくまでに周りの大人がゆっくり待ってやることの大切さを改めて教えてもらいました。
「あの頃のオレはヘタレだったからなぁ」と笑顔で昔の自分を振り返ることができるようになった姿には、自信が満ち、一皮むけたものを感じます。
現代社会は身の回りのたくさんのものが便利なものに囲まれ、何でもスピーディーにできるようになった分、逆にスムーズに進まない物事に対しての忍耐力、できない相手を思いやり許し合う力などは弱くなってしまったように感じます。
そのスピードの速さについてゆけなかったり、周りにうまく合わせることができなかったり、そんなちょっとした違和感が積み重なることでストレスを抱え、引きこもったり不登校になってしまう子もいるのではないでしょうか。
私たちは、最初に手入れや馬装のやり方など、基本的なことを教えたら後はなるべく自分の力でできるまで見守るようにしています。
かなり時間のかかる子もいますが、そこはじっと我慢です。
私たちが手を出さなくても、できないところはできる子が助けてあげたり、うまく子どもたちの中で役割分担しながらやっていて、感心することもしばしばです。
指示ややってくれるのをただ待つのではなく、自分で行動を起こしやりきること、自分でチャレンジしたことができたと実感できること。
この一つ一つの積み重ねが子どもたちの成長につながると確信しています。
最後に、日本ではまだまだ知らない人も多い分野ですが、乗馬療法(ホースセラピー)についてご紹介します。
動物介在療法(アニマルセラピー)の一つであり、欧米では長い歴史を持つ身体的、精神的治療法です。
ドイツやスイスでは医療として保険が適用されるほど効果が認めれており、今後日本でも期待されていく分野ではないかと思います。
馬の背に揺られると∞形にしっかりと腰が動かされ、その動きに合わせようとするうちに自然とバランスを取るための筋力が鍛えられ、姿勢がよくなります。
その他、普段使わない筋肉を使うことで感覚統合機能(たくさんの感覚を脳でうまく整理する力)の発達を促したり、日頃運動不足になりがちな子たちにとって楽しみながら体を動かす良い機会になるなど、さまざまなよい影響が注目されているのです。
また、馬の温かさは足や腰の筋肉をほぐすだけではありません。
精神的にも安定させる効果があると報告されています。
乗る前に馬をブラッシングしている子の表情はとてもやさしいです。
普段早く走ることができない子が、馬にまたがり走った時の笑顔は輝いています。
私たちが「あ~、この仕事をしていてよかった」と心から思える瞬間です。
馬とふれあい、心を通わせた経験は大人になってからも大切な宝物になるでしょう。
私たち大人にできることは、馬と関わることを通して子どもたちが少しずつ変わっていくことを信じ、ゆったりと温かいまなざしで見守ってあげることだと思います。
学校や塾通いで忙しそうな最近の子どもたち。
ここでは早く早くと急かされることから解放され、自分のペースで、自分なりの楽しみを見つけていってもらいたい。
そして、また明日からがんばるエネルギーをチャージしていってもらえたら、言うことありません。
馬たちと過ごす時間にはそれを可能にする力があります。
ぜひ一度遊びに来てみてくださいね。
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